旧唐書


我々がよく知る日本の歴史では、卑弥呼が女王として治めていた邪馬台国(中国からは倭国と呼ばれていた)から続いて今の日本という国ができていったということになっています。

ところが、中国にある「旧唐書(くとうじょ)画像元:wiki」と呼ばれる書物では、日本に関して、“倭国”とは別の“日本国”という記述があり、倭国とは別の国として認識されていたらしいのです。

我が日本のルーツは“倭国”なのか?それとも“日本国” なのか?
 
そもそも倭国とは、中国が日本を呼称した呼び方で、日本では“邪馬台国”を指しています。
邪馬台国にも、倭国にも実は、“日本”という言葉は含まれていません。

「旧唐書(くとうじょ)」は、簡単に言うと歴史書です。
その中で、倭国と日本国は別の「国」として扱われています。


他の中国の書物も合わせて、倭国と日本という国が歴史上記載されていくことになりますが、歴史書自体を数人で書いていたとか、記録が残っていないものなどもあり、本当に日本に当時2つの国が存在していたかは今だにはっきりとはしていません。

現時点で、言われている日本国について、倭国とは別物であったとい説をまとめてみます。

  • 旧唐書冒頭で、はっきりと倭国と日本国が別の国であると書かれている
  • 倭国とは別の日本国から唐へ使節が派遣されたと書かれている
  • 日本国は小さい国で倭国が併合して日本国という国名を奪った?
  • 倭国は今の九州あたり、日本国は関西を中心とした地域?
  • 新唐書以降は倭国の記載は一切なく日本で呼称が統一されている

現在の日本史の学者達の間では、この「日本国」という倭国とは別の国が存在していたという説はタブー扱いだそうです。

我々の日本という国名のルーツはどこにあるのでしょうか?
当時の歴史書物が我が国にほとんどなく、中国の歴史書に頼るしかないのが現状ですが、どこかにまだ我々のルーツを知る書物が眠っているかもしれません。