トゥリ・パピルスUFOはいつから人類に目撃されてきたのでしょうか??

実はUFO目撃情報が書かれている最古のものが、古代エジプトのトトメス3世の時代に書かれたと言われるパピルスに残っている。

「トゥリ・パピルス(画像元:The Tulli Papyrus)」と呼ばれるこのパピルスには、内容も含め多くの謎が秘められているのです。

この「トゥリ・パピルス」に書かれている内容は、どう考えてもUFOを目撃したと思われる内容になっています。
書かれたのは、先程述べたとおりトトメス3世の時代、つまり紀元前15世紀前半頃。


パピルスはところどころ欠損があり、読み取れた内容がこれだそうです。

(治世)22の年、冬の第3の月、6番目の時刻、生命の家の書記たちは、空から炎の輪が飛んで来るのに気づいた。
その口からは、邪悪な気配を放っていた。
それには頭がなかった。
その体は長さ1ロッド、幅1ロッド。音はなかった。
書記たちは困惑し、地面に腹ばいになった
彼らはそれからファラオのところに赴き、事件を報告した。
陛下は調査を命じられた
それから、起きたことについて黙想されていた。
このことは生命の家の巻物に記録された。  
さて数日後、空にはこれらの物がおびただしい数となった。
その輝きは太陽にまさり、天の四隅の隅々にまで及んでいた。
空の高く広い場所から炎の輪が出入りしていた。ファラオの軍隊はファラオを真中にして傍観していた。
夕食後のことであった。
それから、この炎の輪の群れは空高く上昇し、南に向かって飛んでいった。
空から魚や鳥が落ちてきた。
建国以来かつてない不思議であった。
ファラオは国土に平和がもたらされるように香をたき・・・・今後、永く記憶に留められるように、起きた出来事を生命の家の年代記に記録しておくよう命じられた

引用:http://www2.odn.ne.jp/~cic04500/atlan10.html 

この炎の輪のような飛行物体こそUFOだと思われます。
1ロッドは50メートルだそうなので、縦横50メートルもの巨大な物体が空を飛び更に光っていたということです。
しかも数日後には大群で現れたというから古代エジプト人もびっくりしたことでしょう。

もちろん、エジプトのこの時代には、人間は空を飛べるような技術は持ち合わせていません。
UFOとしか思えないのです。

空からさかなや鳥が落ちた・・・とありますが、推測するにエジプトに現れる前に海か川にUFOは立ち寄ったのではないでしょうか?
UFOの周りの重力を操るような装置があれば、川か海の水上を飛んで引き連れてきた可能性もあります。



更に、この「トゥリ・パピルス」は、まるでこの事件の事実を隠すように「トゥリ・パピルス」自体が行方がわからず、その写しも行方不明。
行方不明になった経緯は次の通り

1934年にバチカン博物館の前エジプト局長、アルベルト・トゥリ教授(故人)がカイロの古物商でこのパピルスを偶然見つける
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高価で買えなかった
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古物商がコピーを取ることを許してくれる
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教授は、カイロ博物館の館長アボット・ドリオトンの協力を得て、手描きのコピーを取る
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パピルスに書かれていたのはヒエラティック(草書体)だったが、コピーの際にヒエログリフ(聖刻文字)に描き直された。
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トゥリ教授はこれをエジプト学者のボリス・デ・ラチウィルツに依頼し翻訳してもらう
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内容が判明
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トゥリ教授がバチカン博物館に保管
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教授の死とともに行方不明
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教授はすべての所有物を司祭をしていた弟のアウグスト・トゥリに残したのでこの文書も司祭の手に渡る
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不幸にも、司祭の弟もその後亡くなてしまう
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トゥリ教授の遺物はすべて弟の相続人達に分散されてしまう
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相続人たちは文書の価値を知らなかったので、散逸
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現在も行方不明のままである・・・・

一体今どこにあるのでしょうか??

行方不明になったことで実在も疑われたらしいのですが、研究者が翻訳が正しかったのかを調べるとその翻訳の内容は正確だったらしく、所在は不明であれ現在も謎のパピルスとして語り継がれることになったのです。

古代エジプトで目撃されたこの巨大な謎の飛行物体。
やはりUFOなのでしょうか?