丑時参(うしのときまいり)日本の有名な呪いの儀式と言えば、「丑の刻参り(画像元:wiki)」ですが、実は現在もその名所と言われる場所があります。

誰かを呪う儀式である 「丑の刻参り」は、現在もひっそりと人知れず行われているらしく、その名所といわれるのが、岡山県にある育霊神社。

何故、ここがそんな呪い、つまり呪術の儀式の“名所”となってしまたのか?

それには、猫とお姫様にまつわる 悲しい物語があったようです。

 
そもそも、「丑の刻参り」とは、一体どんな呪術の儀式なのでしょうか?
簡単に言うと、

丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で打ち込む

鎌倉時代の書物にはいくつか記述があるようで、その頃には既にあった呪いの儀式なようで歴史はけっこう古いです。
江戸時代にはその手順などが完成し、いろいろ制約がある儀式。

  • 藁人形に呪いたい相手の体の一部(毛髪、血、皮膚など)や写真、名前を書いた紙を入れる必要がある
  • 丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に行わなければならない
  • 白装束を身にまとい、顔に白粉を塗り、頭に五徳をかぶってそこにロウソクを立て、一本歯の下駄を履き、胸には鏡、腰には護り刀、口に櫛を咥えて行う
  • 藁人形は神社のご神木に打ち込まなければならない
  • 丑の刻参りの姿は絶対に誰にも見られてはならない

1番重要なのは、“誰にも見られてはならない”ということ。
人を呪わば穴二つという言葉がありますが、“呪い”の儀式なので見られた場合、呪いが跳ね返って自分が呪われてしまうらしく、怖いのが目撃されてしまったら目撃者を“○す”という言い伝えもあるとか・・・。

怖いです。



さて、名所といわれる育霊神社の言い伝えについてです。

680年前育霊神社本殿には斉藤尾張守影宗が治める城があった
しかし統治も長くは続かず敵勢により落城を余儀なくされた
その時、影宗の娘、依玉姫と姫が可愛がっていた猫は何とか逃げ延び、近くの祠に隠れた 姫がお腹を空かしていると考えた猫は姫を助けるため、里に下り村人から握り飯を貰って、ふたたび姫の隠れる祠へ向かった
すると途中で敵勢に見つかったと気付いた猫は、姫を守るため、直接祠へは戻らず、敵兵をまこうと考えた しかし猫がだましていると気付いた敵兵はその場で猫を突き殺してしまう
翌日、山道で死んでいる猫を見つけた姫は悲しみのあまり自害を遂げる
それを聞いた父影宗は怒り狂い姫と猫の祠を建て、その前で敵兵を呪った すると猫を殺した敵兵が次々と狂い死にしたと云う

引用元:http://convenience.typepad.jp/naze/2011/01/%E8%82%B2%E9%9C%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE.html 

姫を想った猫と姫の悲しい最後、そして父親の復讐としての“呪い”。
言い伝えでは、“呪い”は成就し、結果敵兵を呪い殺せた。
これが、育霊神社を丑の刻参りの名所とさせたようです。

猫が祀ってあったりするようで、ちょっとその石像は怖いです。
実際に行った人のブログに写真があるのでこちらを参照。

現在も丑の刻参りをする人は多いようで育霊神社の宮司さんの話を見つけました。

育霊神社の宮司は沖津且房さんが言うには現在も行っている人がいるんだそう。
呪いの儀式を行う人は細身の人や精神的に弱い人、女性が多いんだとか。育霊神社には実際に使われた藁人形が保存されていました。
藁人形には名前や住所、年齢まで記されているものもありました。

引用元:http://tv-blog.blog.so-net.ne.jp/2011-01-24-2 

昔はやっていた人がいるかもしれないけど、現代じゃだたの都市伝説になっていると思っていたのにマジでやっている人がいるようでびっくりですね。
この“丑の刻参り”の起源になるお話を「実在している名刀「鬼切丸」に隠された愛するが故に生きながら“鬼”に変わってしまった橋姫(はしひめ)の悲しい伝説。」で紹介しています。